サマーステイの体験学習

僧侶体験

「キレル」青年が増えているそうです。キレルことによって突然に狂暴になり殺人を犯してしまうのだそうです。殺された方もたまりませんが、殺人犯となってしまった青年も、ある意味では被害者なのかも知れません。
「個性の尊重」やら「子供の人権」やらのたてまえが先行し過ぎて、本来、子供のうちに身につけておかねばならない「ガマン」ということを体験せずに成長してしっまたことが、キレテしまう大きな原因のようです。
 
自分をコントロールすることの大切さを知らせてあげなくては、結局、本人がかわいそうなのです。社会性を持たせてあげるために、お経を読み、座禅を行い、お題目をお唱えします。 命は何故、尊いのでしょうか?
「命」はその存在だけで尊いと言う方もいらっしゃいます。
正しいと思います。

墓参体験

この墓参体験では「命の連続」をクローズアップして、子供達に「命の尊さ」を感じてもらいたいと思っております。
 
ご先祖さまから受け継いだ尊い「命」。
そして、子孫に伝える尊い「命」。
今ある自分の命は連綿と続くその中の大切な「命」。
また、自分以外のものの「命」も、自分と同じように大切な「命」。
 
殺人罪を犯し刑務所に服役している多くの囚人は、墓参体験がないそうです。お墓に参り、手を合わせて、見えないものに頭を下げる、という行為は、人をやさしく、謙虚にするのかもしれませんね。

銭湯体験

「さあ、これから銭湯にいくぞ~!
その前に、みんなに、
少しお話があります。
よく聞いてください。
みんなの体はキレイかな?」
 
「汗で、きたな~いで~す!」と、子供達。
 
「そうですね。ですから湯船に入る前には必ず、かけ湯をしましょう。」
それから、ハダカになると妙にはしゃぐヤツが出てくる。
他のお客さんも来ているのだから、迷惑にならないように入りましょう!」
 
などと言っても、湯船にタオルを入れるし、洗い場で走り回るのです。
好機到来。「何やってる! そこで正座して反省せい!!」
 
お子様達に「社会性」を身につけさせるためには、お風呂屋さんは格好の学校なのです。公立学校では正座は体罰だそうです(笑)。

就寝

自分でお布団を敷いて、寝るのです。
始めて何年にもなりまなすが、当初は「日帰り」で行おう、と思っていました。
しかし、現代の子供が200年前の木造建築に宿泊する機会など、そうあるものではありません。
 
しかも、お寺の本堂です。もしかすると「お化けが・・・」と不安と期待と好奇心が交錯して、一生の思い出になることは間違いありません。
 
夏休みの作文の宿題はこれで OK!
夏休みが終われば、学校で多くを語ることができるでしょう。
 
本堂は多少、いたみますが、人が集まるために本堂はあるのですから、本来の役割をこなしているだけ、とも考えられます。
 
しかし、仏具を故意に触ったり、壊したりすると、それなりのバツが待っています。「やっていいこと」と「やってはいけないこと」の区別も肌で覚えらるのでしょう。

俳句体験

世界で一番短い定型詩は「俳句」です。17文字でその情景・心情などを映し出してしまうのですから、たいしたものです。
 

せっかくそのような文化のある国に生まれたのだから、これは体験しなくては損です。

 

まず、
「痩せ蛙 負けるな 一茶 ここにあり」
「静けさや 岩にしみいる 蝉の声」
「古池や かわず飛び込む 水の音」
などの俳句を覚えてしまいます。

 

その後、今度は自分で作るのです。

 

子供達の暗記力の凄さ。そして独創力・感性の鋭さには毎年驚かされます。

強制昼寝

学級崩壊が日本中で起こっています。
特徴的なのは小学校1年生から起こりはじめたことです。
これは、文部科学省が推進した「自由保育」が原因だと言われております。
 
今までは、たとえば昼寝の時間は幼稚園・保育園では皆一斉に昼寝をしました。
お話をしたり、遊んだりすることは基本的には許されなかったのです。しかし、「自由保育」という指導が始まってからおかしくなりました。昼寝の時間になっても、遊びたい子は遊んでればいいし、お話したい子はお話していれば良くなったのです。
お遊戯の時間に折り紙していても「自由保育」。お歌の時間に外で遊んでも「自由保育」。
 
かくして、わがままな子・自律性のない子・協調性のない子が大量に作られて、突然、小学校に通い始めたのです。
 
「学級崩壊」は起こるべくして、起きたのです。
 
そのような問題児と烙印を押されてしまう子供たちは、「自由保育」の犠牲者と言えるかも知れません。そのまま成長したら、とても苦労することになるでしょう。
今からでも遅くはありません。しっかりと「強制昼寝」で協調性や自律性を身につけましょう。
 
強制昼寝と言っても、特別なことをするわけではありません。眠るかどうかは別にして、本堂の畳の上で体を横たえるのです。(これは、実はとても気持ちの良いものなのです)
 
起きあがったり、お喋りをする子に注意をあたえ、無理やりにお昼寝させるのです。ほんの少
し前まで、各家庭で行っていたことを再現しているだけのことなのです。

竹細工体験

竹細工ですから、竹を切ったり、削ったり、穴をあけたりするわけです。
教えてくれる人の話を聞いていなければ、完成はしません。手を怪我して、血をたらす子もいれば、トゲをさしてしまう子もいます。
すべて「自己責任」です。
 
いつも何でもやってくれていた親はいません。自分でしっかり、人の話を聞いてやっていかないと、最後までたどり着けないのです。
 
だからこそ、自分だけの力で出来たからこそ、嬉しいし、感動があるのです。
他の子が出来なくて自分が出来たから、優越感に浸れるのです。
 
他の子が出来て、自分が出来ないから、悔しいのです。次からは人の話を聞けるようになるかもしれません。集中力もつくでしょう。
 
怪我をして血を流した子は、小刀の危険性を肌で感じ取るでしょう。次の機会には細心の注意を払うことになるでしょう。痛さがわかるから、人を刺さなくなるのかもしれません。
 
これらの体験が本当の意味での「生きる力」になるのです。
 
「可愛い子には旅をさせよ」。
 
サマーステイにきた子は親元を離れ「旅」に出ているのです。だから、苦労してもらいましょう。嬉しかったこと・完成できたこと・人より早かったことが自信となり、「生きる力」なります。
つらかったこと・悔しかっこと・痛かったことがこれもまた「生きる力」になるのです。
2日間でたくましくなって家に帰ってもらいたいものです。
 
(最初に、危険がともなう工作であることをしっかりとお話しますので、例年、怪我はほとんどありません。)